2012年4月19日木曜日

「見る都合」




次のiPhoneはどうなるか? 
タイトルだけでもソコソコのページュビューが稼げる題材みたい・笑。

基本的に流してます・笑。
ただし、それなりの権威がソレに触れると、ヘタ打てば、ツッコミのほうも並大抵ではないと予想するので、やはり気になります。

でもって今回は「ロイター」。


新しいiPhoneの画面は、『4.6インチ』とな。
Retina作っている韓国筋からの情報だそうですぅ。

iPhoneのサイズそのものは、ジョブスさんが導き出したものなので、これは「神のごとく絶対」とする説があります。マクドのバーガーも直径3.5インチ。ケータイ片手持ちで、親指タップすることを思えば、なんか、それって人類のデファクト・スタンダードかも~と思ったりも。

けれど、Galaxy Nexusを手に入れたばかりの頃、こう思いましたっけ。スマホ界の超リーディングデバイスたるiPhoneの場合、下手にモニタ・サイズを大きくして出せば、様々な面でリスクがデカくなり過ぎるんだろうナ……と。電力消費なんて完全に画面サイズと比例しているし、筐体の強度、プロセッサーへの負担、もちろん携帯そのものの重量増とか……。

本当に本当に「3.5インチなの?」というギモンは日々、増すばかり。

一口に手の大きさといっても、言うまでもなく様々。手の器用さも様々。「手の都合」は個人差が大きいわけです、実際。既成服だってワンサイズで済んでいるわけもなく、それこそ「神サイズ」なんて存在するわけではなく、手の都合を基本に据えたら、スマホは顧客のニーズに合わせて0.5インチ刻みの設定にする……が理想ではないでしょうか。あくまでも、理想ですが。

で、ここで「スマホ」って何に使っているか考えます。まず、喋る。これだったらピュア電話でもいい。次に、見る。ガラスマ進化の歴史ですな。そして、今やほとんど見てる。これぞスマホではないでしょうか。「見る度」がどんどん高くなっている、携帯電話ではなく『携帯端末』の歴史というか進化というか。

「見る」っていう要素については、体格差は基本的に関係ない。先天的なものとか、年齢とかのほうが大きい。でもってその能力に関しては、メガネとかコンタクトとかレーシックとかで補正することも可能、と。

ムービーの場合は、音とか音声がコンテンツの中身を補助するというか補強してくれるし、字幕を「流す」ということもできる、と。

すると、どういった場面で「見る都合」が最も支配的になってくるかと言えば……「読む」。文章を読むこと。またスマホの場合は手持ちなので眼球と目との距離もある程度、決まっている、と。

ここで老若男女、超不特定多数をお相手にしている紙媒体の老舗のことを思い出してみます。そう、新聞です。「目の都合」にあわせて文字の級数とか、桁数とか決めているわけです。



まあ、漢字みたいな、やたらと画数あって、いろんな意味で文字が潰れやすい言語もあれば、アルファベットみたいにかなりシンプルな構成要素の言語というか文字も併在しているのが、現代の世界ということでありましょう。

「手の都合」ももちろんあるのですけれど、「目の都合」も大きいですよね、画面サイズ決めるためには……。というオハナシでございました~。



0 件のコメント:

コメントを投稿