2019年7月7日日曜日

梅雨こそ革靴のお手入れ。「ニベア」塗ったら、防滴性向上。し~っとり&履き心地もUPっ。


■ 「ドゥ・ラ・メール」と成分ほぼ一緒なんだって・w

ということで、ライフスタイルねた。

関東は、いま梅雨です。ということで、各種、雨対策は必須。

「ワークマン」が心強い味方になってくれるのは当然。日本の場合、毎年、各種の雨被害に襲われます。ガチなレインウェアとか、常備するのは必然か、と。

大げさではなく、マジで生死、分けますからね。

また高級アウトドアウェアを購入したとしても、その性能は劣化します。そこそこイケてるアイテムをバンバンと新品へと交換してゆくのもひとつの方法でしょうか。

ただし、ガチ過ぎるのも日常生活ではToo much の感あり。

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ワタクシの場合、梅雨の足元は革靴を多用。特にサイドゴアとかのショートブーツ系を多用しちょります。ゴム製でシャレオツタイプも増えてきましたけど、さすがに長時間履いているとムレがヤバイですしね。

けれど、“革”である以上、メンテ大切。

2019年7月4日木曜日

“軒先の蛍光灯”が切れた。リアル店舗との価格差が凄っ。改めてAmazon ヤバイと思った件っ!


■ まあ、いろいろな選択肢があるってことは良いことなのかなー、と

ということで、ライフスタイルねた、っちゅーか、Amazonねたっちゅーか、令和ねたっちゅーか。

隠れ家B の、軒先まわりの“蛍光灯”が、ある日、切れました・w。

見上げると、天井とほぼツライチなカバーらしきものにはビス等はなく、手を伸ばして届くような高さにあるものではない....。

実用上、とりたてて不便ではないので、とりあえず 放置プレイ。

放置、約3週間(おいおいっ)。とはいえ、“気になっている”という心理状態から開放されるために、気合入れて、脚立運んで、ライトカバーをチェックしたのでした。

すると、カバーは嵌め込みタイプでして、ネジったり、そのまま下に引っ張りしたりしつつ、取り外しました。約2分。

すると、こ~んな形状の煤けた蛍光灯ランプが出現したのでした。


知らない。なにこれ。このカタチ。知らないものは、知らないのです・w

知っている人にとっては汎用品そのものなのでしょうが、ワタクシの経験値・知識からすると、“特殊”です。型番とか確認してとっととAmazonで検索入れればいいのですが、そんなことはせず、「どこで売っているのだろ?」と。はい、ノーミソ、昭和のまま・w

日用雑貨売っている大型のドラッグストアなんかにはない。あと総合スーパーにも無かったような気がする。

かくして再び、月日はダラっと流れていった、と・w (ここでも“気になっている”という精神状態はつづく....)。「何処で?」。リアル店舗のことばかり考えていた。

んで、です。

2019年7月2日火曜日

激混みっ! 日本一シャレオツかもしれない「ワークマン プラス 等々力店」で お買い物っ!


■ 様々な客層で激混み。本気で一年前、株買っておけばよかった・w

ということで、ライフスタイルねた。

羽田からの帰り道、環八を北上していると、白亜の「ワークマン プラス / WORKMAN Plus」を発見せりっ。


ワークマン プラス / WORKMAN Plus 等々力店。

世田谷、です。お隣はプチ田舎の高級住宅街とされる田園調布っす。っーか、等々力とか上野毛とかの、ちょっと幹線道路から外れたところの高級住宅街が放つ“桁違いの金持ちオーラ”って相変わらず凄いっすねー。

比べると、成城とか田舎っくさっ(いや失礼っ・w)。

※ 中には、ここ数年で建った、中庭に“全面ガラス張りの茶室”がある邸宅とかあって、「いっ、一体、何者様なのでありましょうぞ」と、たまーにビビったりするんですけど、ほとんどの邸宅は昭和様式の古ーいままでありまして、それらが結局“更地”化されて放置プレイみたいなのが現状....。

目黒通りのほうが、クルマで都心にアプローチするに何かと便利かもな...とか思ったり。

あ、さて。

2019年7月1日月曜日

「デニーズ 上用賀」@環八沿い・砧公園 斜向かい、2019年6月17日閉店。まさに“昭和”の終わり...


■ “地主の世代交代”とかも背景にはあるかもね

ということで、ライフスタイル、ねた。

かつて結構、利用させていただいたことのある、ファミレス「デニーズ 上用賀店」が閉店していてビツクシした。


交通量が激・多い、環八沿い。用賀インターにもほど近く、世田谷通り交差点のオーバーパスとの距離もあるのでリーチはとてもしやすい。

ただし、周囲には鉄道の駅は無きに等しい。大型駐車場完備の典型的ロードサイド店である。郊外型。

かつては、現ニトリ(元 3M本社)のある同じく環八沿いにて、超・至近距離の“二店舗 体制”で機能していたデニーズなので、まさに「えっ、ここまで閉店しちゃうの~?」感が強い。

※ 用賀インターそばのデニーズは、これですべて消失した。特に3M本社に隣接していた用賀店は、建物そのものがモデル店であった。バブル時代、そのデニーズに続き、“白い外壁のアーリーアメリカン調のファミレス”が立ち並び、“アメリカ村”などという恥ずかしい呼称で呼ばれていたエリアでもあった。ようするにクルマ前提の田舎、ということである。